角川春樹

忙中閑。以下を読みました。

f:id:toeic990:20200711175143j:plain

アマゾンの記事。コメントがいろいろ面白いです。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4872575660/ref=ppx_yo_dt_b_asin_image_o01_s00?ie=UTF8&psc=1

私は春樹の俳句が好きで、特に、「寒椿まだ捨てかねし志」を座右の銘として、苦しい時期を乗り越えてきました。しかし、最近は死を身近に感じ「存在と時間とジンと晩夏光」に気持ちが移っていました。ですが、それはあきらめ的に過去をノスタルジックに振り返るのではなく、実は、前の句と同じ意識のような気がしだし、上記の本を古本で買って、読んでみました。もう酒は飲めなくなりましたが、まだ、「火はわが胸中にあり寒椿」のはずです。

f:id:toeic990:20200711180114j:plain

 

芹沢光治良016

忙中閑あり。

「われに背くとも」読了。

「人間の運命」は、昭和37年から43年までの書下ろし刊行で、この作品は、その後の昭和45年出版です。「人間の運命」の続編・完結編とも言える47年出版の「遠ざかった明日」の前です。

この2つの作品が一冊の本になったものの前半です。

https://hahanokaigo.hatenablog.com/entry/2020/05/25/094402

芹沢光治良は理想的男女関係を(人間+男)と(人間+女)と考えていて、「人間の運命」の中で、主人公が人間としては成熟していない女である妻との関係に苦しむ姿を書いています。

一応一般的・伝統的・歴史的な男女の役割分担である、男は外で働き、女は家庭を守る、という考えは、前近代的であると考えています。

女性の解放(D.H.Lawrenceのemancipated womanの考え)が、まだまだ行われていない。それは、男の側にも責任があるとの考えです。

この小説の中では、四女をモデルにした、巴里でピアノ修行している女性が一応主人公です。その他、自身の体験、「人間の運命」の中の話をアレンジしたようなエピソードが盛り込まれています。

(人間+女)の女性が、昔は(人間+男)だった男性が、単なる男になってしまった男性に失望するエピソードもあり、逆説的で面白かったです。

 

巴里に死す003

近々、引越予定で、仏語のお勉強、ブログの更新を、落ち着くまで1ヶ月ほどお休みします。

以下は、初めが、仏語版の「巴里に死す」をベースに、日本語版を芹沢光治良が直したもの。

芹沢光治良は、仏語版と日本語版を比べて読むと、フランス語のいい勉強になるでしょう、と言っています。落ち着いたら、そうする予定です。過程は、「異邦人」のように、ブログに載せます。

仏語版はフランスで初めに出版され、スイスで豪華本版、ベルギーでペーパーバック版が出版され、ベストセラーとなったそうです。

写真は、入手し、読む予定のベルギー版です。

著者を女性と思った人もいたそうです。確かに、さもありなんと思います。

ご存知の方もおられると思いますが、仏語で 's' は、前後が母音の場合は、濁る発音となり、Serisawa で、セリザワと読みます。

f:id:toeic990:20200603083843j:plain

f:id:toeic990:20200603083914j:plain

f:id:toeic990:20200603083746j:plain

f:id:toeic990:20200603084100j:plain

f:id:toeic990:20200603084012j:plain

f:id:toeic990:20200603084144j:plain

ーーーーーーーーー

f:id:toeic990:20200603084214j:plain

f:id:toeic990:20200603084258j:plain

f:id:toeic990:20200603084325j:plain

 

巴里に死す002

昭和29年発行の版で読みました。感動的な内容、如何にも芹澤らしい、ヒューマニズム溢れた作品。ノーベル賞の候補になったのも頷けます。世界平和、人類の福祉・発展、生命の尊重を重視するノーベル賞の趣旨に合っていますね。

日本の現代作家で、毎回、ノーベル文学賞受賞かと騒がれている作家がいますが、彼の作品はあくまでart for art's sakeで、ノーベル賞の趣旨に合っていません。

「人間の運命」の中で、文体をわかりやすくしなければならない、と書いています。この作品は戦中、昭和17年1942年の一年間、婦人公論に連載したもの。確かに文章は長い。「人間の運命」とはだいぶ違います。仏訳は相当苦労したのではないかと思われます。

近々、仏訳を、異邦人でやったようにノートに書き取りつつ、解読したいと思います。

分量は、異邦人の和訳で比較すると、1.8倍程度で、やるとなると、半年以上かかるでしょう。

f:id:toeic990:20200526163758j:plain

 

 

芹沢光治良014

以下の本の内、後半の小説「遠ざかった明日」を読みました。

f:id:toeic990:20200525090126j:plain

内容の概要については、以下の月報を見てください。

f:id:toeic990:20200525090618j:plain

f:id:toeic990:20200525090651j:plain

 

1.書名の「遠ざかった明日」は、敗戦後の希望であった日本の完全独立と個人の自由等の夢が、サンフランシスコ条約で、遠ざかったように感じたと言う意味。

 

2.スイスで開かれたPEN大会の晩餐会がSionの古城で行われたと記述がありますが、開催地のローザンヌの近くですので、事実と思われます。

私事ですが、私の親友の一人が昨年亡くなりました。国際結婚した息子の長男に潮音、シオン(シヨン)と名付けていました。この本の話をしてあげたかったですが、残念。

 

f:id:toeic990:20200525091924j:plain

 

3.本の中では7月14日にルイ・ジューべと再会したとありますが、事実だとすれば、実に感動的な再会と、突然の死去による別れ。あくまで小説ですので、事実と虚構が入り乱れているので、実際はどうだったのでしょうか。

 

4.「巴里に死す」の翻訳・出版の話が本の中にありますが、これは事実のようです。翻訳者は本では小森となっていますが森有正のようです。フランス文学者で、相当面白い経歴の人です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E6%9C%89%E6%AD%A3

そして、その仏訳をフランス人が了解の下で、校閲して、出版。